大手サービスA社のグローバルリーダー育成事例―グローバルレベルでの理念教育の普及と課題―

大手サービスA社(以後A社と略)では、2020年までに「グローバル全体で約200人の経営者が活躍している会社になる。」ことを目標に掲げ、経営層育成に取り組んだ。

経営層育成の目標を達成するために、A社では教育制度や人事制度の整備など様々な施策を行い、現在までに多くのリーダーを輩出している。その施策の一環として、グローバルレベルでの理念教育の普及に力を入れ、A社の価値観や理念を理解し、実行する事が出来るグローバルリーダーの育成を行っている。

「グローバルレベルで企業理念をいかにして社員に教育しているのか」。

A社の経営人材育成機関にて近年人材育成の責任者を務めていたK氏へインタビューを実施した。今回はその内容を紹介する。

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A社のグローバルリーダー育成施策

A社が行っているグローバルリーダー育成の施策から主に4つを上げ、それぞれの概要を説明する。

 

1.経営人材育成の専用タスクフォースを組成し、各国と連携して実行  

専用のタスクフォースが中心となり、各国の中核メンバーと連携しながら、経営人材に必要な能力を定義し、候補者を抽出し、必要なトレーニングを企画、実行した。経営人材の育成という目的の達成に特化した、各国横断のチームであり、スピード感を持って様々な育成施策が実行する。またグローバル全体で必ず浸透が必要な「共通教育」と、各国の事情に合わせた内容を教育する「ローカル教育」に分類し、「共通教育」については、どの国でも同じ水準の教育が受けられるように取り組んでいる。

2.共通教育の普及

グローバルで通用する教育の策定を行うために、方針は各国の経営層がグローバルヘッドクオーターに集結し、皆で議論して決定する。かつては日本の価値観を世界へ発信し、日本のやり方を正とする一方通行型であったが、そのやり方では海外へ浸透しなかった為、現在の方式をとるようになった。A社の「共通教育」は以下の3種類ある。

・価値観や理念を教育する「理念教育」

・商売の原理原則を教育する「スキル教育」

・存続発展のためにリーダー層に経営的視点を育てる「PL教育」

 

3.積極的な人事異動

人事配置の方針と人財育成戦略が一貫していないという問題の解消に向けて、積極的に人事異動を行っており、国を越えた人材の異動も盛んになっている。日本からは毎年200人が海外に異動しており、国内ではグローバルでマネジメント出来る人材育成に力を入れている。

特に経営者候補人材に対するサクセッションプランニングを個々に決め、中長期的な育成目標・育成計画をメンター・トレーナー・人事で握り、その情報をベースに必要な経験やスキルを習得するための戦略的人事異動を実施している

 

4.評価制度の整備

「仕事を通じた成長と自己実現の機会提供」を重要課題に位置づけ、グローバルな評価基準・報酬制度の整備に努めている。評価軸として「MBO」、「業務チェックシート」、「基礎能力アセスメント」の3つがあり、人材を様々な角度から適切な評価を行うように改善されている。

 

次の章では、グローバルリーダー育成の施策の一つ「2.共通教育の普及」の「理念教育」にフォーカスを当てて、「グローバルレベルで企業理念をいかにして社員に教育しているのか」について説明する。

 

グローバルレベルで企業理念をいかにして社員に教育しているのか?

 

会社の歴史を数値と現象を踏まえて教育する

A社の理念教育では、「会社の歴史」を丁寧に教えている。これは企業理念が歴史の中でから作られてきたという考え方に基づいており、「なぜそのような考え方に至ったのか」という部分を教えることで、社員に納得感を与え、より深く理念を理解してもらうためだ。

K氏は社員育成をしていく中で、どうして自分は一流大学を卒業したのに店舗の清掃をしなくてはならないのか、と疑問に持つ社員に時々出会うそうだ。そのような時、K氏は「皆で清掃をすることには理由があり、ある~な出来事が元になっています。だから、現在A社では皆で清掃することにしているのです。」と、しっかりと歴史的背景を踏まえて説明する。この背景の本質にはA社の成長してきた原理原則があり、数値と現象を踏まえ理念と行き来しながらインプットすることで、相手の納得感を促進し共感へと昇華させていく意味がある。すると多くの場合において、皆がその説明に共感し、納得してくれるそうだ。理念の意味をしっかりと理解し納得して仕事に取り組むことで、社員のパフォーマンスはおのずと上がってくる。

理念教育も以前は教えるということに重点を置き、一方通行の教育をしていた。比較的、日本と考え方が近い韓国、中国などでは受け入れられたが、他の国では反応も悪くむしろ敬遠される傾向があった。

そこで現在の理念教育では一方的に価値観を押し付けるのではなく、共感がベースになっている。まず社員に自分の大事にしている価値観を開示してもらい、A社の価値観との共通点を見つける。その社員の価値観をA社の価値観にすり合わせていったときに、はじめて共感が得られる。A社の理念教育は、自分自身で考え、議論してもらうように構成されており、その結果多くの国でも受け入れられるようになった。

 

各国責任者・部長を中心にマニュアルを普及させる

また、A社の理念教育で欠かせないのが、社長が社内の経営者人材に向けて書いた1冊のマニュアルによる教育だ。(以後マニュアルと記載する。)

マニュアルが作成されたのは、2011年。当時、それまで続いていた国内の成長に陰りが見え始め、国内の売上げが頭打ちの状態だった。皆が危機感を持ち、A社全体で再ベンチャー化を進められた。そこで経営トップが掲げたのが、業界で世界1番になるという目標である。マニュアルには、社員一人一人には海外で働いてもらい、ゆくゆくは経営者になってほしいという経営トップの思いが込められている。

マニュアルは日本語版と英語版、中国語版、韓国語版があり、各国の責任者・部長レベルであれば、マニュアルをしっかりと用いて(=使いこなして)教育することができる。しかし、その下のレイヤーの店長レベルまではまだ進んでおらず、マニュアルを用いての人材育成がしっかりできる所までは浸透していない。

尚、浸透している店舗、例えばK氏が責任者を務める店舗では、従業員全員にマニュアルを持ってもらい、従業員が失敗した際は、「今の失敗はマニュアルのこのページに書いてある。ここの行動に基づいているんだよ」と毎回マニュアルを使ってフィードバックを行っている。フィードバックのたびに逐一マニュアルの余白部分に書き込んでもらうようにしている。

 

国を越えて教育者が出向き、現場で教育をおこなう

一方であまり進んでいない店舗も存在し、特に国によって大きな差があり、進んでいない国には日本から教育者が出向いて教育を行っている。

数年前K氏が教育機関で働いたときは、年に何回も海外に行脚して現地教育に翻弄していた。

ロンドンに視察に行った時、最初はK氏に対する風当たりも強く、K氏の意見を現地の社員は全く聞いてくれなかったと言う。典型的な例が、駐在員が中心になってK氏の歓迎会を開く事になったのだが、現地の社員はその歓迎会に誰も参加しなかったのだ。その当時はまだA社全体で、日本で作られた理念を一方的に各国に輸出するという方法をとっており、その事が各国の現場で受け入れられない大きな原因になっていたという。

そこでK氏は身を持ってA社の大事にしている考え方を伝えることにした。外国人はKPI、MBOに注力するために、自分の役割外の仕事を行わない傾向がある。しかし、K氏は現地の社員を指導する立場であるにも関わらず、他の従業員と同じように”社内の清掃”を率先して行った。マニュアルにも書いてある「世界で一番の質を目指す」という行動指針を身を持って教えたことで、現地の社員にもその熱意が伝わった。それまでK氏の話に耳を傾けなかった社員とも信頼関係を築けるようになったという。

K氏は、駐在員が存在せず企業理念が浸透しにくかったEU、アメリカ、中国、オーストラリア等にも頻繁に出向き、3週間程滞在し徹底してA社の理念教育に尽力した。

 

 

今回のインタビューではA社の理念教育には下記3つの方法が含まれていることが分かった。

・理念は歴史の中から作られてきたという考え方に基づき、全社員に「会社の歴史」を丁寧に教えている。

・マニュアルが行動指針となっており、各国の責任者・部長レベルを中心に教育が行われている。

・各国や各店舗で企業理念の定着に差があるが、定着していないところには教育者が直接出向いて改善に努めている。

 

こうした取り組みの成果は、A社のグローバルでの売上と利益の伸長に見られ、グローバル市場での成長が現在も続いている。